「長続きしない」のは「飽きっぽいから」とは限らない

ふきのとう

 

「長続きしない」と聞くと、「飽きっぽいのね」と捉えられがちかもしれませんが、

果たしてそうでしょうか?

 

もちろん、飽きっぽくて長続きしないこともあるかもしれません。

 

でも、新しいことをやってみて「これは自分には合わないんだな」と分かったからやめた、と

捉えることもできるのではないかと思います。

 

トライして初めて「合わない」と分かっただけでも、やらないで終わるよりもいいこともあると思います。

 

そうすることで、自分に合うもの合わないものを見極めていくことに繋がるとも言えるのでは

ないでしょうか?

 

決めつけることをしないで、柔軟な考えを持って過ごしていけば、吸収できる可能性も

広がるのではないでしょうか。

そんな気がします。